KEN との対話ページ

私が8年前にKENに求めていた音がこれです。このグッドセンスはKENに何から何までよく似ている。 ジョージ・ハリスンの趣向が入った”ロック・ブルース”といったニュージャンルの音楽と言えます。クイーン・サリバンの昨年のパフォーマンスです、この映像をKENに捧げます。

 

 

 

 

 

レオン・ラッセルもこの曲を歌ってたかも?? ずーと昔の私の若い時、こんなバンドを目指していた・・・。このバンドを見てふと思い出したことがある。私流に言う所のこのバンドは「語尾やメリハリがしっかりしているバンドだ」

 

今となれば恐れ多き事だが、ライブの後でKENに「語尾」のことでサジェスチョンしたことがよくあったな〜、それをKENは理解してくれたしまた通じたのだ。こんなことをも思い出した、大抵,ライブのあとに毎回、ダメだししていたのだけどKENはよく聞いてくれた。毎回、「今日はどうでした?」 と客席まで来て聞きに来てくれた。私が勝手に声もかけずに帰ると数日後、「挨拶もせずすみませんでした」というような律義で繊細な気を使う子であった。こんな子が弟だったらいいなぁ~なんて思ったことが何度もある、いつも私の気持ちを音楽で代弁してくれていた。。。KENとはそういうアーティストです。

 

 

 

 

 

 

 

KEN !これを演奏してくれる??  「任してください !!」って言ってKENは次のライブで演奏してくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

このあと映像は暫くガガさんが続きます。。。昔の昔、「私はハリウッドでスターになりたい」と言ってました。2018年秋に公開された映画「アリー・スター誕生」で結実しましたね。次は宇宙空間からのショーでしょう。ガガさんの歴史を見ているとまさに有言実行でなんでも着実にこなしてきました。 音楽史ではバッハ、ベートベン、ビートルズ、次にレディ・ガガさんです。昔の昔に言ったた通りになっているでしょ!!

 

 

何度聴いてもこの曲はどこか宇多田ヒカルを彷彿させられる。

それにしてもガガさんや宇多田ヒカルの才能・センス・個性などどこから生まれて来ているのだろう。

 

ただ成長した宇多田ヒカルさんには「イッツ・オートマティック」を超える 曲を常に希望しています。

昔の戻ることはできないので未来へのさらなるご活躍を期待をしています。

                        

 

映像‣歌詞・ボーカル どれをとってもすごいアート、花火を囲むシーンはまるでゴヤの世界を感じさせる。

 

このKENのサイトで唯一、初めて日本語の歌詞が出現しましたが全体をよく見ているとどこか日本離れしているような

 

感覚 (西洋人から見た日本のイメージ)であふれでている。 これが宇多田ヒカル本人が持つ感覚であるのかも知れない。

 

 

 

 

究極の美です

このピュアな歌を歌える実力を見逃すわけにはいかない。現代版ジキルとハイド。昔からずーと気になっていることですがファッションとしてならタト―でなくプリントでよいと思うのです。

 

この映像は5年前位になりますがあっという間に時間が過ぎて行く。。。365日をその人の年齢で割ると時間の経つ感覚が解るとある人が教えてくれた。え〜、そんなことないでしょう、若い人には当てはまりませんよ。。。気にしない気にしない。

 

TOTOのジェフ・ポーカロ、「何でも放送局」の後半もご覧ください、本当にレアなポーカロを見ることができます。先日チェックしたら なんと21万回を超えていた。ほぼ外国からの訪問でした。KENと間接的につながっていたのです。他にもKENとつながっていた有名アーティストがいます。このホームページのどこかにも載っているはずです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このバンドはKENや私、そして日本の洋楽界にとっても特別な存在のグループ。テクニック&フィーリングとも他のバンドとは群を抜いていて音そのものが違った。沖縄でライブ中に火事に遭い楽器が消失、そしてその火を目の当たりにしてその場で呆然としながらグループを劇的に解散、その時のドラマーがアイ高野、今や彼の才能を知る人は少ないがもし今健在なら KEN との演奏は可能であった。理由は長くなるので書かないけれど、言えることは歴史は変えられない。。。惜しい、悔しい、寂しいの三言。

愛する多くのメンバーがこの世から訣別していった。 ジョニーレイズリーもしかり、神戸で一緒に遊んだ友達の 「たけつぐさん」 もし元気でこれを見たのなら私に連絡を乞う。モッチンもジョニーもデイヴも亡くなったんだよ。本当にブルーズだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

アメリカの音楽に大きく影響を及ぼしたアーティスト、グレン・キャンベル、彼の周りの同世代の人は殆んど皆、引退していった。一時期ビーチボーイズにも参加していたが、本流はカントリー、これを抜きにアメリカ音楽は語れない。一昨年、マール・ハガードも行ってしまいましたがこの2人には大きな影響を私に与えてくれました。晩年、病をかかえてはいたのですが家族に囲まれて幸福な人生を送ってくださったことと思います。 この歌は自分の行先のことを悟り我々に伝えているかのようでした、英語が解らなくても歌で通じるような気がします。この映像と音楽で  ”さよなら” を示唆しているかのようで鬼の目にも涙がにじみます。付き合いが長ければ長いほど寂しさもキツイです。

 

予想していたように このビデオが最後の遺言となりました。2017年8月8日にお亡くなりになっていました。6年間もの間、アルツハイマー病と長く勇敢に闘っていました。81歳でした。これからも彼の残したものを逆のぼってゆきます。この人こそレジェンドです。素敵なファミリーや友人・隣人・仕事仲間に恵まれ囲まれ、品のある幸せな一生を過ごされたようで、これ以上の幸せな音楽人生があるのでしょうか。

 

昔の昔、「バーニングブリッジ」 というLPが初の出会いでに針を落とした瞬間に鳥肌が立ったことを思い出します。往時を思い出し時々聴いてみるとします。このLPはあの世にもってゆくレコードのベスト10の内のリストに入っています。感謝と、RIP.

 

 

 

↓この曲もKENに演奏してもらおうと紹介したのだけど結局聴くことができなかった。KENも気に入ってくれた想い出の曲でもある。

ブルース・ホーンズビーの若い頃の映像,残念ながらyoutubeから消されています。ほかの映像を探してみてください。 この人はレオン・ラッセルと深く関わった人でレオンの音楽・レコーディングにもにも参加しています。レオンのお葬式でもスピーチされてましたので密接な関係があったのだと驚いた。ピアノは非常に卓越しているのでレオンとの交流が深かったのでしょう。1999年のウッドストックコンサートにも参加し重要な役割を果たされました。まあ普通ではない良い性格と洗練されたテクニックの持ち主です。

私は別にコレクターではないのですが アルクーパーだけは会うたびにサインをいただいてしまいました。

 

レコードとCD、知らぬ間にこの人の音源がいっぱいたまりました。あとはレオンラッセルです。いや待てよ、KENの音源が一番あるかも。アカペラ、リズム感など特に素晴らしい。この人たちは最重要人物で私の音楽人生をかたち作ってくれたアルクーパー&マイケル・ブルームフィールド。

 

KENが新しくギブソンのギターを買ったのはひょっとしてこの人、マイケル・ブルームフィールドの影響かニールヤングかだろう。ギターの演奏領域を増やすために手に入れたに違いない。いくら頑張ってもフェンダーでギブソンの音はだせない。フェンダーでブルースを弾いている時期のときはギブソンには目もくれなかったようだが、マーク・ノップラーの後に続く音が欲しかったのではないかと想像しているのだがどうだい? KEN!

 

 

 

 

 

2025年に大阪万博が招致決定されました。なんとか東京オリンピックまでは生き延びたいと思っていたのですが・・・それからあと5年は無理でしょう。

 

1970年の大阪万博は随分通いました。夕方から入場するとどの館もスムーズに入れました。思い起こせば随分ケベック館に入り浸りました。ケンは1973年生まれだからマイナス3歳だったのか? 今と違って当時は夢を持てた時代であったような気がする。当時、1ドル=360円、日本から500ドルしか持ち出せなかった、それも銀行へパスポートをもって行って500ドルだけしか両替できなかった。そんな青春時代にカナダ館のステージでまだ新人だったゲス・フーが演奏したんです。EXPOで最高に若さがはちきれていたのがカナダ館、いっぺんにカナダのファンになってしまった。ぐんと世界への道が近づいて拡がった、さて次の万博では科学技術の進歩は凄いものになるだろうけど果たして大きな新たな夢が生まれてくるのだろうか? 一過性の万博より IR(統合型リゾート)を誘致しているのでカジノがメインになることだろう。きっと景気は良くなるけれど異文化がはいってくるのでちょっと治安が心配です。今の時代、鎖国するわけにはいかないのが現状ですね。

 

 

 

 

 

 

 

避けて通れないステッペン・ウルフ、この頃、特にウエストコーストでの若者の音楽界では薬は日常的でブームであったような気がする、ヒッピームーブメント、ヘイトアシュベリー付近ではプッシャーがたむろ、またライブハウスではいつも草の匂いがしていた、と聞いている。ベトナム戦争への徴兵への反発でもあったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

イーヨ―カー と呼べば良いのか? この曲を聴いてエイミー・ワインハウスの魅力は黒っぽかったのかという事かと初めて気が付いた。ただしエイミーの方が濃密なような気がする。ナイジェリア出身だそうですが昔の昔、ベニン王国があったころの王子の顔を思い出した。非常に美を感じていますが血を受け継いでいるのだろうか。ひょっとするとシャーディーもそうかもしれない。何となくという感じですが調べてみます。

 

 

 

調べた結果、なななんと感が当たりました。シャーディはナイジェリアからイギリスに移民していました。偶然であるかどうか?? 顔に人類学的な特徴があると思います。そのベニン王国の王子の写真を掲載します。きっとどこか似ていると納得できることでしょう。

 

 

 


る人エイミー。

 

なぜかジェファーソンエアプレインのグレース・スリックとダブルのです。全く違うのにね。

 

顔や声など雰囲気が好きなのかも。。。

 

 

2016年夏に 「AMY」 の映画が公開されました。きっとエイミーのことを みんなも再認識するでしょう.

(公開時期が短すぎて見逃してしまった。。。)

 

「彼女は正真正銘のアーティストだった。彼女がいてくれたから、自分は決して一人ぼっちじゃなかった。 人にはない、ものすごく正直なところがあって、そこがとても好きだった。 ジャズに生き、ブルーズに生きた、そんな人だった」(レディー・ガガ)

 

 

 

 

 

 

 

 

               

 

 

お気に入りのドイル・ブラムホール、異常に低いレベルの視聴回数、

彼の凄さに気が付いていない人がいかに多いということか。 

もっともっと認知されても良いと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 天よりギフトをもらっているに違いない。

ウクライナ出身の アナスタシア・ペトリック、今年は17歳になったのかな、恵まれた環境で成長しています。

お姉さんとデュエットしているのを見ているとリラックスしていて本当に音楽を楽しんでいるのがよく分かる。

 

 

               最新のアナスタシア・パトリック 光陰矢の如し  Time Flies    

 

 

 

 

 

       

  

KENがビートルズの中で大きく影響を受けたのがジョージ・ハリソン、担当がリードギターであるだけでなく控え目、内気、純粋、はにかみ、底に秘めた意志の強さなど偶然にも共通する点が多々あり、誰からも好かれる人柄で周囲にいる人にあたかも彼と一番仲が良くて、近くて親しみある間柄であると錯覚させられてしまう。

 

ジョージの曲を5曲続いてアップ(後日,2本は著作権上の問題で取り消しされていた)、それぞれの特徴があってどれもが素晴らしい。

 

この曲はロック音楽史上、間違いなくベスト10以内に入れられる名曲だと思う。

 

2月25日はジョージハリスンの75歳の誕生日、私にとってはこの演奏は悲しみを誘うバージョンです。映像にもアートを強く感じさせられます。

ジョージ最後のコンサート ロイヤルアルバートホール ゲーリームーアとのギターセッション、ギターはジェントリーでなく大泣きしている。 ファンにとっては涙もの、映像や音質悪くても非常に貴重です。

プリンスはすべて計算された演出をしていると考えられる。 生粋の音楽プレイヤーとして、また演技の才能を駆使して自由に演奏しているのが凄いとしか言いようがない。 他の有名ミュージシャンをすべて従者にしてしまっている凄さ。

高級なフェンダーギター捨てるふり、抜群! きっと助手が舞台下でちゃんと受け取っているんだろうな。

 

 

 

 

 

取り消しされたけれど「samething]これが一番オリジナルの ビートルズ に 近いです。今頃気が付いたけれどポールのピアノのイントロがあってこの曲も生きている。ホワイトアルバムを最初に聞いてジョージも随分うまくなったな~というのが正直なところ、クレジット読んでああクラプトンなのだとちょっとガッカリ、でもこの曲を作曲したのはジョージの真の実力だと評価する、ファンなんてそんなものなのさ。独立してから次々とだすレコード、いつも物足らなさを感じては次を期待する、その繰り返し、ファンとしては数ある中で1曲でもキラッと光る曲があればそれはそれで満足なのです。

 

 

ジョージの追悼ライブ、クラプトンと懐かしレオン、クラウスの出ている演奏をUPしていたけれど著作権上の理由で削除されている。

 

 うわぁ~タイムカプセルの段ボール宝箱から入場券がでてきた!!本当に2度とみられない…最初で最後の公演、真っ白なスーツ姿で最初のステージに現れたことをよく覚えている。。。 この頃は連続してローリングストーンズやポール+リンダさんが来日公演していた。またアントニオ・ガディスやジョルジュ・ドンやジャン・ポール・ベルモンドなど一生の思い出に残る舞台も見ることが出来た。東京最高!!

 

東京にいればニューヨークよりも有名なアーティストやオペラ、シェクスピア―など目白おしに鑑賞する機会があった。数年以内に大きな舞台の「アイーダ」を3回も見たような気がする。みんな違う公演でイタリア、ソ連、アメリカそれぞれの国から大人数で来日、象やキリンなど動物達まで。公演者と舞台機材でジャンボジェット2機分とか・・プロモーターもリスクも多いよ。。。

 

 

シェール‣ロイド! 23歳、イングランド出身、ニュースター誕生! なんと洗練された色濃い感覚のお嬢様、先にはポップの女王様になること間違いない、古い日本の文化と相容れられない感覚、どうしようもない。老人には息切れしそうになるが・・・もうすぐ・・。でも友達になれるかな〜??

この古くさい田舎のモーテルの横の雰囲気あるカフェの感覚は大好きなので残してほしいです。ファッション・飲み物などカラフルで とてもクール。

とてもKENに似たBOYがでてくるのがおもしろい・・・うぉおんちゅう ばぁ~っく~

 

 

録音は2002年ですがユーチューブでは新着発表。 ギター奏者は誰だ! 誰だこの音!をだしているのは? キーボードもイイ。

それにしてもバディのスネア―の一音一音、間と間が違うのがしびれる。誰にも真似のできない昔そのままの素晴らしいドラムですね。

 

私の持論ですが音楽は音のズレをも楽しめるものだ。但し大きくズレ過ぎては単にヘタとは言わないが未熟なだけだ。

このブルーズも 何度聴いてもなんとも心地よい。苦しいはずの音楽が気持ち良くなるのは何故なんでしょう。人間の特質かも。 

 

 

 

ken のことを語るに この人(ピーターグリーン)のことを外せないな。 「今,何聴いている?」が会った時のいつもの合言葉だった。 彼は3か月後にはしっかりその音楽を聴き込んでいる。 負けず嫌いの面白い青年だ。結局はお互いにどれほど音楽を聴き込んでいるかの競争してるのである。私が彼に勝てるのは唯一、長い年数かけて聴いていたというだけのことか。

 

1970年は大阪万博があった年、何の不安も心配もなく純粋に音楽にのめり込んでいた頃、当時のニューミュージックは今も色あせない。 しかし薬はダメだめだよね。薬がすべてを壊す。 ピーター・グリーン

究極のスローブルースギタープレイ、今までに日本人でKEN以外にこれを弾けるプレイヤーと出会ったことはない。いたら教えてくれる? 

音楽は字のごとく音を楽しまないと。但し技術とフィーリングそれにプラスアルファ―が必要だ。それが何かということが解るかな。 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕?もなんとなく恥ずかしいけど KENの為にUP。 新感覚、とんでもなく明るく新鮮、この先どうなるか。

 

最初の瞬間、双子が演奏してると思ったけど違った! 左右の娘さん(ゆきこさん)の演奏の表情・雰囲気が大きく違う。暫くこのフィーリングの違いは何故かと考えこんでしまった。 このケースではプラスアルファ―も大きく影響している。少々音を外したとしてもいくらでも許せるなぁ~。大阪人であるということもプラスのひとつ。どこか近所で出会うかも知れないしな。 年齢にかかわらず注目でせう。環境にも恵まれた個性や天性ありと見受けられる、その上音楽的にもいいものを持っている。特にリズム感、やわらかな表情など特筆すべき才能を持っていると思う。褒めすぎでしょうか。^^)

可愛さなくさないでね🐕。 歳はとりたくないなぁ~。

 

 

 

 

 

 

このバンドメンバーすべてが控え目で良くまとまっている。ギターのカーク・フレッチャーのギターはじめドラムも素敵だし適格、大好きだな、音もリズムの間も本当に最高。

PHUNKALOTAPUS  名のとおり これがファンクという音楽ジャンルなのかな?? 他の曲もいっぱい聴いてみて !

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目の前でニーナのDJを見て楽しむことができました。 また夜の二条城の美とアートの光,古典と現代の融合の雰囲気も素敵。

ニーナ・クラヴィッツ の魅力を探る

デンティストの勉強しているのか? このインタヴューを見てこっちも英語の勉強する気になった。 ロシア語、英語、ドイツ語、スペイン語、駆使しての応対、明るい性格の国際的なテクノフィーリングのトップランナーであること間違いない。

 

 

 

 

 

魅力全開

もうコメントいりませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと また我に返って。単純明快 このセンス、好みです。

くち三味線(口ギター)でWowow、これならギター弾けなくても俺でもできるかもと真剣に考えた頃、なつかしいー。

いつまでも 元気でいてくださいね。 なぜか日本に来なかった大物だと思うんです。 すごく好きでしたし今も好きです。

 

 

およそ40年前は ピーターフランプトンはこんな若者でした。 その前はハンブル・パイに所属、KENはまだ生まれていなかったのだ。 ベンチャーズにも大きな影響を受けて、ベンチャーズと演奏もしている。意外にもジョージハリスンもベンチャーズに影響を受けたひとりであった。

知る人ぞ知る、KENもこの曲をクルーズで演奏していた。テケテケサウンド、誰でも知ってる曲なので当然大好評であった。実はほとんどの日本人の客はブルーズをほとんど知らない人ばっかりであったと感じていた。BBキングは知っていてもバディ・ガイを知らない、アルバートコリンズやロバート・ジョンソンなど全く知らない。KENはいつも暗いブルースを演奏していたのでパイプラインを異色な曲とみんなが思って大笑いしていたのだが、なんとレイボーンが演奏しているカバー曲であったのを私は後で知る。ああ録音しとけばよかったと後悔してます。

 

ついでにもう一曲、アパッチ、 シャドウズがオリジナルかな??

2015年11月1日 小樽で行われた一夜だけのKENのメモリアルライブの一部が youtube にアップされておます. Same Old Blues  泉谷ブルースバンドでお楽しみ下さい。熱くて新しいKENのファンやアーティストによる応援が増えてきています。

登場する選び抜かれたエレキ3本のギターとマーチンはKENの貴重なお宝です。

 

このギタリスト抜きでは考えられない。誰にも真似されないこの人の味や間の独特のギター。KENはこの曲を彼自身の曲として洗練させていった。ライブを見ていた人には良く理解できますね。地味なセカンドギターもGood。

これはどう 全体のキレが抜群。洗練されたブルーズ


 

 

 たまたまパリで出会った看板、2006年、

 

 「インターナショナル フェアウェル ツアー」

  9月17日(日)のゼニスでの公演ポスター。

 

 それから10年余り生き活躍した・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんてカッコイイ二人だろう なれるならこんな年寄になりたい。アローガスリーは話さなくても昔そのままの雰囲気で落ち着いて成長していてカッコ良すぎます。「アリスのレストラン」に出て以来、youtube のお陰で拝見できました。本当に嬉しいことです。

 

 

 

 

この曲を聴いてから早9年が経とうとしてる。秋の次にはこころ暖かい冬と春が待っている。一緒に前に進もう。

 

やっぱり これだ。 見たことのないライブ・ギター演奏だった。

この人も忘れるわけにはいけません。 寝起きのサウンドチェックでこれですから・・・・

アルクーパーと同じく洋楽の音楽史の中で重要なシーンにいつも立ち会っていた人、仕事人感覚で良い意味でつかみどころの難しい人でした。音楽では2番目に好きなアーティストです。

 

自分のボールペンでサインを貰おうとしたら自らの内胸ポケットからゴールドのカラーマジックを取り出しサインをしてくれた。見かけは難しそうで近寄りがたい雰囲気のオーラが出ていたけれどファンをすごく大切にする人だと思った。平成のはじめの頃、確か中野サンプラザ、アンコールにオーバーザレインボウを歌った。楽屋出口で当時すでに右手でステッキを使っていたので私が右手を出し握手を求めたらレオンの左手で親指を下にして強くにぎって握手してくれた。少しだけマッドドッグスの話ができて一生忘れられない幸せな一瞬の出来事になった。右のプログラムは1971年にトロントでゲットしたもの。実に大きなサイズ(43×23cm)のプログラム、ジョーコッカーとマッドドッグスの時のものなのにレオンがピアノを弾いていてそれを撮影しているシーン、あたかも主役はレオンのようであった。主客転倒というのか何とも興味深い。R.I.P (Rest In Peace)

 

 

 

 

 

現代の3大ギタリストの一人、もう言うことないですが地味にブルースギターを引き継いでいる。

認知されるのに日本では10年以上かかったかしら・・・。ジェシカさんとのデートは日本との縁があるからなのでしょう。

KEN !  ,  ノラジョーンズの後に こんな大人の凄いアーティストが生まれてるよ。

メロディ ガルド―ていう人、とにかくムードがあって恰好いい。

 

ヨーロッパの雰囲気はどこから来ているのだろうか?フランス語も完璧みたい。

なおかつ、ブルースフィーリングもあるのです。A級のお薦めだから一度聴いてみて。

そして他の曲もいろいろ聴いてみるとレパートリーの広さやアレンジメントにも驚く。

 

気持ちよすぎるので交通事故に注意!  

 

風呂に入って歌っているのが良い、エレキギターではムリやなぁ〜 すべてに自信がないとできません。

なんで メガネ くもらへんのん?? まともに答えなくても ええよ、KEN !

これ以降、暫くは K E N  の好きな曲を取上げよう。そうすれば K E N の 向かっていた方向がわかる。

聴き比べると楽しくて興味深い。 「何でも放送局」にサウンドだけですがKENの2バージョンUPしました。


ギターはこれ! Mark と James 同化しようとしていたよね。

 

2006年頃 よく聴いていた、 ダイアストレーツの頃から 注目してました。

そのダイアストレーツとは これ! ”サルタン” マークが何歳の時演奏してたのかしら?? この頃、リアルタイム(同時期)で聴いていた。シビレテイマシタネ。今も同じ。30年40年なんてすぐ経ってしまうよ、若者よ! 人に迷惑かけないで楽しく生きないと損だよ、短い人生、だから耳を傷めない程度でそこそこ良い音,大きな音で音楽を聴ける環境を造る努力も大切、それも文化でしょ。対話しながら楽しく生きる。年寄からの言葉でした。演奏できない私に何ができる??? そんなの決まっている、好きな音楽を聴いて広く伝えて行くことしかできない。過去を知り学び前へ進む。

 

 

KENは意外とレノンよりポールそれよりジョージに同情してたね。俺はね60年代は ジョージだったけど途中でジョンになり今はポールなんだ なぜか林檎は浮かんでこない。あの頃のドラムはバディ リッチかルイ ベルソン ジョージ川口だったから。。KENはいつもジョージの味方でした。性格もシャイ(内気)なところ、我慢強いところ、不器用なところよく似ていた。自ら自分と重ね合わせていたのかも知れん。何を言っても切れることがなかった。平成5年(サウスサイドの頃)に歌はやめてギターで生きていけと言ったら黙ってた。でも後半よく頑張ったよね。

 

 

 

 

 

特に27:47から39:39 までは圧巻で圧倒される。 Smoke stack スモークスタック!   残念ながらユーチューブでドイル・ブラムホールのアルバム 「 Welcome  」 は著作権の関係で削除されています。KEN もこの曲を熱心に取り組んでいました、KENも含めていずれドイルを別バージョンで公開します。時として著作権が邪魔するケースが多々あるけれど仕方ない、音楽も商業と切り離すことができないようです、もし私が独裁者であれば有無を言わせずケースバイケースにしますけれど・・・・。ということですぐ下のドイルをクリックしても聴くことできません。でも必ずこのコーナーで必ずリベンジするよ。///// 予告通りリベンジで KEN のスモークスタック(リハーサル) を「何でも放送局」でUPしました。是非聴いてください。合わしてラストナイトも。

 

 

 

 

 

 

ギターリストは美人であることも大切な要素のひとつ。

テクニック+フィーリングがマッチすると素晴らしい個性が生まれる。

KEN の好きなタイプがこの中にいます。おのずと 取り合いしないといけませんね。^^)

超絶なギターでないので 特に身近に感じます。。。

 

スティーブ・バイ ,ジミヘンが使ってたギター、しかしもう音が違う。当然ですね、 例えばKENのギターを他の人が弾いてもKENの音にならない。ただギターを維持するためには誰かが弾きつづけないと楽器としては成り立たない。ハイフェッツのバイオリン(ドルフィン)を諏訪内晶子さんが引き継いでいるけれど 私はハイフェッツの時よりいい音がしているような気がする。最もハイフェッツはレコードでしか聴いていない、本当に残念! できることなら良いものを生で聴く機会を多くしたい。どれが良いか悪いかはその人の持っている感性で判断するしかない。

 

 

 

気分を変えてタヒチに飛んでトラックに乗って聴く音楽などどう? こんな音楽を聞いているとブルーズなど忘れて 裸でノー天気にボラボラ島でブラブラしていたい気になります。

 

 

 

もしかしたら これもブルース? 山下達郎を支持しています。

どんどんと暗い方へ落ち込んでゆく曲が続きましたが、そこまでとことん落ち込んだら次は登り一方の道しかありません。乗り越え、前進あるのみです。(自分のことになると簡単には割り切る訳にはいきませんがそれでも乗り越えるのですと自ら言いきかせます。)

まあ、無理しない程度にがんばりましょ。

 

 

 

さあ、ここいらで気分を切り替えてシフトアップしてパーティにでもいこう。必ず受け止めてくれる人がいる。古い曲だけどシンプルイズベスト、そう、見直しして探そう。その時代には気がつかなかったことが発見できます。キャンド・ヒート!

 

 

 

 

 

今頃やっと写真の人物を見つけだしました。その名は Mr. Jay Graydon  (ジェイ・グレイドン氏) YOUTUBE でも多数UPされています。AIRPLAY の方だったのです、そしてなんとグラミー賞も獲得していたんです。知りませんでした。

この人に相違ありません。私に音楽を語る資格はないなとよーくわかりました。こんなに有名なアーティストだとは知らずに、無知とは恐ろしいことです。アドレスを探して事後報告ですが写真をあらためて掲載したことを連絡したいと思いますが果たしてジェイさんはKENのこと知っているのだろうか?? 写真撮影の時期を調べて見ます、豪華客船での一コマであることはわかっています。ちなみに髭の有名人物はわかりますか? 安室奈美恵、矢沢永吉、EXILE などがヒントです。WOW。ではまた。

 

7月4日 独立記念日 ロングビーチでクインメリー号内であるのが判明しました。昔の豪華客船で現在は係留されてホテルやレストランなどとして利用されています。夜の花火などきっと楽しんだことだろう。西暦何年なのかは調べ中です。

 

 

 

 

 

 

 

 

単純明快ブルース              

本当に好きなブルーズは断然スローブルーズだな、原始的なブルーズもいいがモダンなブルーズが好きだ、1970年頃、よくジョン・メイオールとブルームフィールドをよく聴いていた。ヒッピーにこれらが一番好きだと言ったら一辺に意気投合できた。言葉ではなく音楽で心は充分通じ合うことが解った。

 

あの頃はクラプトンよりジョン・メイオールの方が前にでていた。たまらんです。この頃からが全体の音が良くなってきたと思う。   たっぷり2時間40分のスローブルーズがあるので、聴きながら寝ると最高の子守歌になる。部屋のかたずけにバックグランドミュージックとして聴くのも良い、必ずフィットする曲と出会えるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このあと、ビッグ・メイシオをUPしてたのだけれど、YOUTUBE から削除されていた。。。

 

折角なのでカントリー出身ですが 先日のフジロックフェス2018 苗場に出演したケイシー・マスグレイヴスの

音楽を2本UPします。

世界で認められて人気があるのに日本ではほとんどの人が知らない、これ音楽の民度の差かもね。炎上!? なんと

このフェスでケイシーのあとでボブディランがノーベル賞受賞後、世界初の演奏で日本では101回目の公演を実施。

やはり苗場という場所で東京から身近なので立地としては最高ですね。軽井沢も同様。

日本を気に入ったようなので また来ると言っていたので近い内にコンサートでお目にかかれる日が楽しみです。

このスターはすでにACM最優秀女性ヴォーカリスト賞、新人賞など4部門にノミネートされたし、ウイリーネルソンとも

共演している。すでに押しも押されもしないアメリカのカントリー界の物スターです。もう一言、自力で頂点に上がって

きた実力のあるスターです。タニア・タッカーのようになるのでは??

美人であることも大いにプラスですが清らかな歌唱力。まずはご覧になってもっと彼女の音楽的魅力を探してみましょう。。。

ケイシー・マスグレイヴス!! いずれグラミー賞にも最優秀女性ヴォーカリストとしてノミネートされるでしょう。